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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)659号 判決 1971年12月25日

原告

小泉孟雄

被告

斎藤合成樹脂工業株式会社

ほか三名

主文

1  被告大沢利之、同小林恒利は各自原告に対し、金四九万六九三〇円およびうち金四四万六九三〇円に対する、被告大沢利之は昭和四六年二月八日から、同小林恒利は同月一二日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告斎藤合成樹脂工業株式会社および同斎藤公蔵に対する請求ならびに被告大沢利之および同小林恒利に対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中、原告と被告斎藤合成樹脂工業株式会社および同斎藤公蔵との間に生じたものは全て原告の負担とし、原告と被告大沢利之、および同小林恒利との間に生じたものはこれを四分してその一を原告のその余を同被告らの各負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。ただし、被告大沢利之において金四〇万円の担保を供するときは、同被告は右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金七〇万六九三〇円および内金六四万六九三〇円に対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および仮執行宣言を付する場合はその免脱宣言を求める。

第二原告の主張

一  (事故の発生)

原告は左の交通事故に遭遇した。

1  発生日時 昭和四五年二月八日午後五時五分頃

2  発生場所 東京都板橋区坂下町二丁目二六番地先道路上

3  加害車 軽乗用自動車(栃八そ七二四四号)

右運転者 被告小林

4  被害車 普通乗用自動車(埼五い六九三九号)

右運転車 原告

5  事故態様 信号停止中の被害車に加害車が追突した。

二  (責任原因)

被告らはいずれも左の理由により加害車の運行供用車に当るから、自賠法三条に基づく原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

(一)  被告斎藤公蔵(以下被告斎藤という。)同被告は被告大沢と共に加害車を共有し、もしくは被告大沢からこれを借り受けまたは買受けて、いずれにしても加害車の使用権限を有していたものである。

(二)  被告大沢

同被告は被告斎藤と共に加害車を共有していた。

(三)  被告斎藤合成樹脂工業株式会社(以下被告会社という)被告会社は被告斎藤およびその家族を取締役とするいわゆる個人会社であり、被告斎藤が使用権限を有する加害車を同被告とともに使用する権限を有し、かつ現にその業務のため使用してきたものである。

(四)  被告小林

同被告は被告会社の従業員であるところ、本件事故当時加害車を被告会社もしくは被告斎藤から借り受けて自己の用に供していたものである。

三  (損害)

原告は本件事故により頸椎捻挫、背部挫傷の傷害を受け、昭和四五年二月九日から同年三月三一日まで五一日間入院し、同年二月八日および同年四月一日から同年六月二五日まで通院して治療を受けた。

これによる原告の損害額は次のとおりである。

(一)  入院治療費および診断書料 金二七万一五〇〇円

(二)  付添看護費 金一万七一八〇円

(三)  交通費 金七九二〇円

(四)  入院雑費 金一万〇二〇〇円

(五)  休業損害 金三九万〇一三〇円

原告は株式会社ツバメタクシーに運転手として勤務していたところ、右受傷のため昭和四五年二月九日から同年五月三一日まで欠勤を余儀なくされ、この間賃金をえられなかつた。右期間中三月三一日までの一日当り平均賃金は金三二六〇円、四月一日以後のそれは金三六七〇円であるから、休業損害合計は金三九万〇一三〇円となる。

(六)  慰藉料 金四五万円

(七)  弁護士費用 金六万円

(八)  自賠責保険金の受領

金五〇万円を受領した。

四  (結論)

よつて原告は被告ら各自に対し、以上損害残額金七〇万六九三〇円とこのうち弁護士費用損害を除く金六四万六九三〇円に対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

五  (抗弁に対する答弁)

被告の主張第二項(一)の事実は否認する。

同項(二)の事実は認めるが、これは本訴請求以外の損害に対する弁済である。

第三被告らの主張

一  (原告の主張に対する答弁)

(一)  原告の主張第一項の事実は認める。

(二)  同第二項のうち、被告大沢がもと加害車を所有していたことおよび被告小林が加害車を自己の用に供していたこと(運行供用車であること)は認めるが、その余の事実は全て否認する。後に主張するとおり、本件事故当時加害車の所有者は被告小林であり、その余の被告らはこれに対し何ら使用権限を有しなかつた。本件事故は、被告小林が日曜日に家族を乗せて東京に遊びに行つた帰途の出来事であり、他の被告らに何ら関係がない。

(三)  同第三項の事実は全て争う。

本件事故は極めて軽度の追突であり、被害車の損傷はリヤバンバーの接着部位が五ミリメートル歪んだだけで、その修理費も七二〇〇円に過ぎなかつた。しかも原告は職業的タクシー運転手で、本件の僅か一年前にも追突事故に遇つている。従つて本件事故と原告主張の負傷と間には因果関係がなく、仮りにあるとしても本件事故だけが原因ではないから、被告らの責任は軽減されねばならない。

二  (被告らの抗弁)

(一)  (被告大沢の運行供用者責任)

被告大沢はもと加害車を所有していたところ、同被告は昭和四四年一一月一〇日代金一二万円でこれを被告小林に売渡し、同日代金授受と車両の引渡しを了した。よつて被告大沢はこれにより加害車の運行供用者たる地位を失つた。

(二)  (一部弁済)

被告小林は原告の治療費の一部として金三二五五円を支払つた。

第四証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の発生)

原告の主張第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  (責任原因)

本件加害車がもと被告大沢の所有であつたことは当事者間に争いがない。問題はその後本件事故までのその所有権ないし使用権限の帰趨である。

この点につき、被告斎藤、同大沢、同小林(以下この三名を被告三名という。)各本人はいずれも、本件加害車は被告小林が被告斎藤の仲介によつて被告大沢から昭和四四年一一月一〇日代金一二万円で買受け、同日代金授受を了し、同日以前に車両の引渡しを了し、而後被告小林が専属的に使用してきたものである旨供述し、乙第二号証も右供述に副う。

ところで、一方、〔証拠略〕によれば、加害車の軽自動車届出上の使用者および自賠責保険の契約者の各名義は本件事故当時も被告大沢であつたこと、原告側から被告小林に対し保険金請求手続に関し問合わせたのに対し、被告小林は加害車が事故当時被告大沢から借受けたものである旨返答し、併わせて被告大沢もその旨の証明書を作成して被告小林を通じて原告側に交付したこと、被告斎藤および被告会社代表者は原告側からの訴訟前の賠償請求に対し、右と同旨の回答をしたこと、被告三名はともに高校以来の友人であり、かつ被告小林は被告斎藤が取締役の地位にありその父が代表取締役である被告会社の従業員という関係にあつて、被告斎藤が同小林の意により被告大沢に要請した結果、(売買であると貸借であるとのいずれにもせよ)加害車を被告小林が使用するようになつたことがいずれにも認められる。そして、証人山口は、昭和四五年四月七日頃被告小林同席のうえ同斎藤と交渉をもつた際、被告斎藤は加害車が同被告の所有でありこれを被告小林に貸し与えているものである旨、述べた、と証言するのに対し、被告斎藤は、その際加害車は被告小林の所有である旨述べたと供述するのであるが、この点について被告小林は、一旦被告ら代理人の問に対し、右被告斎藤と同旨の返答をしたと供述したものの、原告代理人の反対尋問に対しては、自分はその点の返答をしなかつた、被告斎藤がどう返答したか憶えていない旨言を翻えしている。かかる事情と〔証拠略〕を綜合して判断するに、本訴訟前の原告側と被告ら間の接渉において、加害車の所有権ないし使用権限の帰趨に関する被告らの言は極めて曖昧であつたのみならず、その所有者が被告小林である旨の明確な説明は終始なかつたものと認めるべく、これに反する被告斉藤、同小林の右供述部分は措信しえないというべきである。

以上のような事情に照らすと、被告三名の一致した頭書供述部分および乙第二号証の記載も全面的に信を描くに躊躇される(被告大澤、同小林は、甲第一二号証の一、二は自賠責保険金請求手続のための取扱いにすぎない旨弁解するが、そうであるならば保険会社に提出すべき同証の二はともかく、単なる被告小林と原告側との間の信書にすぎない同証の一においてそのような記載をすべき必然性はないはずであるし、乙第一号証が右保険の手続と何ら関係がないことは、その文書の趣旨により明らかである。また、乙第二号証の作成日付の筆跡とその余の筆跡とが明瞭に異ることも、これに十分な信を描きえない理由の一つである。)のであるが、さりとて叙上認定の諸事実も、これらに関する被告三名の弁解との対比において、被告ら主張の売買の事実が全く虚構のものであると断ずるに足りる決定的資料ともいいえない。

結局本件においては、被告ら主張のように被告大澤から被告小林への売買がなされたのか、被告小林が被告斉藤の仲介により加害車を被告大澤から借受けたのか、あるいはまた被告斉藤が被告小林から買受けてこれを被告小林に貸与えたものか、それらの証拠が並び存し、いずれとも心証を形成することができないから、立証責任の分配に従い判断するのほかはないというべきである。

そうとすれば、一旦車両に対する所有権等使用権限を取得した者は、それによりその運行供用者たる地位に立ち、右使用権限が排他的に他に移転したことを立証しない限り運行供用者責任を免れえないと解すべきところ、被告大澤は被告小林ないし同斉藤に加害車を売却し、もつてその使用権限が排他的に同被告らに移転したことを立証しえなかつたことに帰するから、その運行供用者としての責任を免れえないこととなる。次に被告斉藤については、同被告が被告大澤から加害車を買受けて所有権を取得したと認定することができないことは叙上のとおりであり、同被告が被告小林の友人ないし勤務先の取締役の立場において、被告大澤から被告小林への加害車の売買ないし貸与を仲介したとしても、その故に当然に加害車に対する使用権限を取得し運行支配を有するということはできず(因みに、右のような関係および被告小林が加害車を主として被告会社への通勤用に利用していたことを理由に被告斉藤の運行支配を肯認しうるとしても、それはせいぜい加害車が被告小林の通勤など被告会社の職務との関連において使用されている限度に限られるものというべく、被告小林の供述により日曜日の完全な私用中に起きたと認められる本件事故時の運行にまで及ぶことはない。)、また他に同被告が加害車に対する使用権限を有し、あるいは加害車を被告会社の業務用に使用しまたは使用しうる関係にあつたと認めるに足りる証拠はないから、被告斉藤が加害車の運行供用者に当ると認めることはできない。さらに被告会社についても、加害車に対する被告斉藤の使用権限を前提としての被告会社の使用権限を肯認しえないことは右により明らかであるし、他に被告会社が被告斉藤の関係を離れて独自に使用権限を有するとみるべき証拠はない。

被告小林が加害車の運行供用者であることについては当事者間に争いがない。

よつて被告大澤および被告小林はともに加害車の運行供用者として自賠法三条に基づき、原告の後記損害を賠償する責任があるというべきであるが、被告斉藤および被告会社が加害者の運行供用者に当ると認めることはできないから、同被告らに対する本訴請求は理由がないことに帰する。

三  (損害)

〔証拠略〕によると、原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、事故直後から身体の異常を感じて志村橋外科病院で診療を受けた後、同日さらに森田整形外科で診療を受けたところ、翌日の昭和四五年二月九日直ちに入院するよう指示されて、同日から同年三月三一日まで五一日間森田整形外科に入院し、さらに同年六月二五日まで五六回にわたり同外科に通院して治療を受け、完治したことが認められる。そして右経過に照らし、原告の右受傷および治療は全て本件事故に基づくものと推認しうるものというべく、〔証拠略〕によれば、本件追突が物理的には比較的軽度のものであつたと認められ、また〔証拠略〕により、原告は職業的運転手であり、本件事故より一年程前に追突事故に遇い、五一日間休業するほどの傷害を受けたことが認められるところ、この事実によれば原告の職業上蓄積された体質が受傷の程度を通常人よりも若干増大させる基盤となつている可能性は否定できないとしても、そうであるからといつて右因果関係自体を云々するには足りないというべきである。

そして右受傷による損害額は次のとおりと認められる

(一)  入院治療費および診断書料 金二七万一五〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

(二)  付添看護費 金一万七一八〇円

〔証拠略〕により、前記入院中一〇日間付添看護の必要があり、その費用として右金額を支出したことが認められる。

(三)  交通費 七九二〇円

〔証拠略〕により、入・退院および通院のための交通費として右金額を要したことが認められる。

(四)  入院雑費 金一万〇二〇〇円

入院すれば一日当り金二〇〇円程度の雑費を要するのが通常であることは当裁判所に顕著であるから、本件においてもその程度の雑費を要したものと推認すべく、その入院五一日分は右金額となる。

(五)  休業損害 金三九万〇一三〇円

〔証拠略〕および前認定の受傷および治療状況により、原告主張のとおりと認められる。

(六)  慰藉料 金二五万円

前認定の受傷および治療の程度その他本件にあらわれた一切の事情を考慮し、右金額が相当である。

(七)  損害の填補

原告が自賠責保険金五〇万円を受領したことはその自陳するところであるから、これを以上の損害額から控除する。なお被告小林が治療費の一部として金三二五五円を支払つたことは当事者間に争いがないが、〔証拠略〕と前認定の治療経過に照らし、右は前認定の治療費以外の志村橋外科病院の治療費に対する支払いであることが明らかであるから、以上認定の損害額から控除すべきものではない。

(八)  弁護士費用 金五万円

以上により原告は被告大澤および同小林に対し金四四万六九三〇円の損害賠償請求権を有するところ、右金額および本件訴訟の程度に照らし、弁護士費用損害として加害者に賠償を求めうべき金額は金五万円をもつて相当と認める。

四  (結論)

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告大澤、同小林各自に対し金四九万六九三〇円およびこのうち弁護士費用を除く金四四万六九三〇円に対する訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな被告大澤につき昭和四六年二月八日から、同小林につき同日一二日から、各完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、右被告らに対するその余の請求ならびに被告斉藤および被告会社に対する請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行宣言および被告大澤のその免脱宣言につき同法第一九六条を各適用し、なお被告小林の求める仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

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